MAG(マグ)

プロフィール

e.
地域:北海道
性別:非表示
年齢:非表示 
ステータス詳細
アクティブ度:10 イイネ:102 評価レビュー:33
評価平均 :
  2.61 点
自己紹介
アニメーションが私達に感動を与えてくれるように、私も誰かに何かを伝えられる、そんな感想を書けたらいいなと思っています。まぁ、思っているだけで書けたためしは無いんですけどね~。

アニポチャット最古参メンバーの一人。
また、毎週水曜に開催していたアニポ公式『けいおん!!』実況編集も担当。

~お気に入りの過去作品~
青の6号/あきそら~夢の中~/ARIAシリーズ/イヴの時間/苺ましまろ/イリヤの空、UFOの夏/うたわれるもの/うる星やつら2ビューティフルドリーマー/今日の5の2/けいおんシリーズ/サマーウォーズ/涼宮ハルヒの憂鬱(2006年版)/千年女優/宙のまにまに/ソ・ラ・ノ・ヲ・ト/ダンタリアンの書架/時をかける少女/灰羽連盟/ばらかもん/ファイアボール/ブラックマジック M-66/プラネテス/フルメタルパニック?ふもっふ/舞-乙HiME Zwei/蟲師/もっとTo LOVEる

~近況~
12/01/27 「パパ聞き日誌」連載開始。
11/06/03 「感想置場」を、MAD&PV本棚α(Ⅱ)コミュ内に設置。
11/04/07 「花いろ日誌」連載開始。
10/05/05 アニポ公式『けいおん!!』実況編集担当を拝命。「けいおん!!日誌」連載開始。
10/02/24 ユーザーイメージにAlicia Florenceのデフォルメバージョンを採用。


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(『けいおん!!日誌』は、以前アニポで視聴実況をしていた時に書いたものです。因みにネタバレ有りですので、お読みになる際はご注意を。)



けいおん!!日誌 第10話『先生!』
さわ子先生を巡る一騒動で、久々にコメントし易く、実況担当としてはホッとしています。
第8話辺りから唯の将来に対する考え方が描かれてきましたが、今回は自分達の延長線上にある大人像に触れて、「こうなりたい」という漠然としたイメージを想像する事が出来たという所でしょうか。
さりげなくギターを弾く彼女に唯は何を感じたのか。その心情を言葉で語る事はせず、「共感して読みとって!」という描き方が素晴らしい☆
でも、次回はまたコメントしにくそうなお話で、今から胃が・・・(苦笑)



けいおん!!日誌 第11話『暑い!』
今回は中心となる人物も特別な盛り上がりもない日常そのもののお話でしたが、そんな中、ありふれた日常だからこそ楽しめてしまうお嬢様の紬が最も光っているようにも見えました。
期待に胸をふくらませ、喜びを隠しきれないような瞳の輝きを見ていると、こちらまで嬉しくなってくるから不思議です。
そんな『けいおん!!」』も次回で折り返し。
中盤の山場はいつ来るのか。そもそも山場を作る気などあるのか(笑)
そろそろ『修学旅行!』に匹敵するお話が来て欲しいと思う第11話でした。



けいおん!!日誌 第12話『夏フェス!』
昼間の興奮で火照った身体を夜気に晒す心地よさは、夏の野外フェスティバルならではのものなのかも知れません。
微かに響いてくる旋律が、むしろ夜の静けさを感じさせる穏やかで少しセンチメンタルなあの雰囲気・・・。
いつもの5人がそんな空気に包まれる中、普段はダメダメなのに時折意外な存在感を見せる唯が、今回も周囲の目を開かせるような一言を口にします。
一見すると、身の程知らずとしか思えないその言葉・・・。
なのに不思議と納得出来てしまうのは、私もまたお話の中でこの子達と一緒に2年余りの時を過ごしてきたからなのでしょうか。
満天の星々と眼前に広がる大地とは、まるで無限の可能性に満ちた彼女達の未来を示すようでもあり、これから始まる物語の後半へ向けて彼女達がどんな道を歩んでゆくのか見てみたくなるような第12話でした。



けいおん!!日誌 第13話『残暑見舞い!』
「大丈夫だよ、きっと。」――― 思わず聞き流してしまいそうになる何気ないそんな言葉。そこにもう一つの意味が隠されているような気がした時、このお話に込められた想いが見えてきました。

軽音部の一員として優しい先輩達と過ごす、賑やかで楽しい毎日。それは彼女にとって確かな現実であると同時に、白昼夢の様な儚いものだったのかも知れません。何故なら、あと半年余りもすればその先輩達は卒業してしまい、夢のように楽しかった日々は、それこそ夢から覚めてしまうかのように終わりの時を迎えるのですから。

「そっか。私、もうすぐ一人になっちゃうんだ・・・。」
ある意味、現実は夢よりも残酷です。どんなに哀しい出来事も、それが夢である限り目覚めてしまえば無かった事に出来ます。けれど、現実は日々確実に近づいてきて、特別な力を持たない彼女に抗う術などありよう筈もありません。しかも、大切な人達がいなくなった寂しさに立ち止まって耐える暇も与えられず、その先も続く自らの人生という道を否応なしに歩かされるのです。

それでも私は、「この子は寂しさなんかに負けないでしっかりと歩いてゆけるに違いない」という、確信めいた思いを抱かされます。
何故なら、その時の彼女は決して一人きりではない筈だから。今度は自分の小さな手を引いてくれる賑やかな先輩達ではないけれど、隣に並んで一緒に歩いてくれる、大切な大切な友達が二人もいるのです。そう考えると、目の前のそんな友達に向けた「大丈夫だよ、きっと。」という先の言葉は、まるでこの二人がいるから自分は大丈夫だと、自らを励ます言葉のようにも思えてくるのです。
・・・まぁ、そのうち約一名はちょっと頼りない気もしますが(苦笑)

『軽音部』という白昼夢から目覚めた後、梓がどのような人生を歩んでゆくのか・・・。夢と現実とが交錯するような、少し不可思議で、時に涙さえ誘われる、そんな第13話でした。



けいおん!!日誌 第14話『夏期講習!』
考えてみれば、律と澪とはお互いに相手を良く知る幼馴染であり、唯にも和という幼稚園以来の友人がいます。でも紬には、どうやらそういう友達はいないみたい。
今回のお話だけを見ても、そんな風に付き合いが長いからこその掛け合いは随所にみられます。彼女はきっと、自分が今まで経験した事の無い何かをそこに見い出し、いつもの様に憧れを抱いたのでしょう。
ただ、その本質にまでは気が回らなかったのかも知れません。大切なのは背景に積み重ねられたものなのに、結果としてのスキンシップさえして貰えれば、自分も今すぐ皆と同じになれるに違いないという、この子らしい?本末転倒な思い込みをしてしまった様です。
面倒見の良い律に教えられるまま、その真似をして次々と渾身のボケをかます紬・・・。
ですが、それらは所詮本来の彼女とは相いれないものであり、そのことごとくが失敗に終わります。

ここで見えてくるのは、そんな風に二人で頭を捻っては失敗を繰り返し、相手の心配をしたり、一緒に落ち込んだりしながら共に頑張った時間の積み重ねそれ自体が、実は紬の憧れたものへと至る道のりそのものであったという事実。
たぶん人というのは、自分でも気付かぬうちにそうやって少しずつ相手を理解し、より親密な関係を築いていくのだと思います。
それに、紬との付き合いが比較的浅いという事は確かかも知れませんが、律達だって幼馴染とはいっても精々10年程度の関係です。目の前に続く未来の長さに比べれば、今まで過ごしてきた時間などその半分にも満たない短さ。幼稚園以来の付き合いである唯と和でさえ未だに理解し合えない事はありますし、その意味において紬も彼女達と大差無いという事なのでしょう。

大切なのは、しっかり相手と向き合いながら共に時間を過ごす事。そして、無理をせず素直な自分を見せる事。
誰かの真似をする必要なんてありません。むしろ自分なりの関係を築いてゆけばいい。
そうすれば紬だって、ここからみんなに負けないくらい確かな友情を深めてゆく事も出来る筈。

彼女が最後に見せた笑顔の先にある、今はまだささやかだけれど、決して疑いようの無い絆の証を、是非その目で確かめて下さい。



けいおん!!日誌 第15話 『マラソン大会!』
今回はチャットルームが開かないという前回の様なトラブルも無く、無事に実況開催へと漕ぎつける事が出来て一安心。
ただ、何事も起こらないというのも善し悪しで、むしろ本編に出てくるマラソンコースのように、少しくらいはハートブレイクな起伏に富んでいる方が、後々まで印象に残ったりもするのですが・・・。

見る人それぞれに様々な魅力を感じさせる『けいおん!!』。
中でも私は、その繊細で感覚的とも言える表現に不思議と心惹かれるものがあります。

例えば、キャラクター自身に多くを語らせないからこそ、その心情を読み取ろうとする事で生まれるより深い共感。
第10話『先生!』の唯なども同様の例として思い出されますが、ご多分に漏れず今回のお話にも、寡黙さ故に引き込まれる印象的なシーンが出てきます。
すぐ前を並んで走る梓達の楽しげな後姿を、どこか嬉しそうに見つめる澪などはその好例でしょう。
セリフは一切ありませんが、シチュエーションや表情などから、その心に湧き起こっている『想い』を読み取ってみて下さい。
きっと、ふんわりあったかくて、どこかくすぐったいような何かが、見ているこちら側の胸にも溢れて来る筈です。

また、その直後に唯達3年生だけでのんびりと走る姿が、まるで1年生の頃を思わせるようなある種の懐かしさを伴って見ている者の目に映るのも、梓や澪達が見せる先のような姿を、さり気無く描いているせいなのかも知れません。

さらには、第13話『残暑見舞い!』のように、暗喩めいた表現もみられます。
先に行った澪が居た場所を、ぽっかりと空けたまま走り続ける唯達の様子は、それぞれが代わりのきかない大切な存在なのだという事を暗に告げているかのよう。

入学してから知り合った、とても仲の良い友人たち。一人きりの後輩。放課後のお茶会と、いつまでも続きそうなおしゃべり ―――。
私の高校時代にあまりにも似通っているこの子達の姿は、魅力溢れる表現の数々とも相俟って、今回も私を懐かしいあの頃へと還らせてくれました。



けいおん!!日誌 第16話 『先輩!』
フェルマータ=なんかいい感じに(延ばす)
それはフレーズの延長を表す音楽記号。それも、延ばす長さを各奏者の感覚に委ねるという、生真面目な梓とは正反対にも思える曖昧な指示記号です。けれど梓が軽音部へ入部したのは、そのフェルマータに象徴される息の合った演奏に魅せられたからでした。

今回のお話では、のんびりした軽音部の雰囲気に知らず馴染み始めていた梓が、真面目に練習を重ねる理想の自分との間で惑い、自らを見失ってしまいます。
「梓、変わったよね…」
純からそう指摘され動揺する梓。しかし、おしゃべりばかりしている軽音部の空気に染まりゆく事は、果していけない事なのでしょうか。
唯達が梓に新歓ライブで聴かせてくれた素晴らしいフェルマータ。梓が感動したその響きは、まさしく彼女の否定しがちなお茶とおしゃべりとによって、唯達の絆が深まった結果生まれたものでした。そして今その輪に加わった梓自身もまた、気付けずにいる事は依然ありながらも、部室に貼られたシールが誰の物であるのかを見抜ける程には、先輩達を理解しつつある様です。

変わるという事は、きっと駄目な事ではありません。先達が築いた長所を見つけ、真面目な自分という土台の上に積み上げてゆく事で、より大きな成長も期待出来ます。決してどちらか一方を否定しなければならないというものではないのです。とは言え、それに気付くのは人によって難しい。特に梓は真面目な割に流され易い所のある子ですから、もしかするとまだ暫くは惑い続けるのかも知れません。それでも、もう少し広い視野を持てる様になる迄は、唯達が見守り、導いてくれるのでしょう。たぶんそれが『先輩』の役割。

懸命に背伸びをして、そんな先輩達のステージを見ていた梓。唯が風邪をひいた時、皆で演奏出来ないならライブなんて辞退した方がましだと言った梓。先輩達から貰ったお土産のキーホルダーを、気恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに見つめていた梓…。唯達と一緒にそんな彼女を見続けてきた私にとっても、いつしかこの子はその成長を見守りたくなる、愛すべき後輩となっていたのかも知れません。だからこそきっと、先輩である唯の何気ない一言が、こんなにも温かく胸に響いてくるのです。
「たくさん食べて、大きくおなり^^」

…まぁ、唯に限っては何も考えていない気もするんですけどね(苦笑)



けいおん!!日誌 第17話『部室がない!』
このようなお話を見る度に、「人間とは自分も含めて何という愚かしい生き物なのだろう・・・」と、そう思わずにはいられません。

今自分の周りにある何の変哲もない光景、使い慣れた物、見慣れた人々、あるいはただ無為に過ぎてゆく時間・・・。
そんなものが何にもまして得難いものであるという当たり前の事実にすら、それらを失ったり、あるいは失いかけたりしてみなければ、気付く事が出来ないのですから。

今回、文化祭ライブまで残り1カ月を切っているのにもかかわらず突然通い慣れた部室から締め出されてしまった軽音部の面々は、あちこち練習場所を探しまわるという憂き目を見る事で、まさにそんな事を実感させられます。

「いつも行ってると、ありがたみが分かんないもんだよね・・・」
改めてそう指摘されると、前話までは記憶にも残らなかった何気ない街角の背景絵までもが、蔑ろにしてはいけない大切なものに思えてくるのですから、人間というのはなんと現金で都合のよい生き物だろうかと、またもや自身に呆れる私。

それでもおそらく、こんな風に忘れかけていた己と周囲との関係を折に触れて見つめ直しながら、そのたびに思いを新たにして生きてゆくのが人間という存在なのかも知れません。

今年もまた、『広島市原爆投下の日(8月6日)』、『長崎市原爆投下の日(8月9日)』、そして『終戦記念日(8月15日)』がやってきます。
再び懐かしい場所に戻れた事で部室の大切さを噛み締めている唯達の姿を、今回実況のため久々にチャットへと集まった自分達に重ねてみながらも、一方では夏という今の時節柄、そんな事にまで思いを馳せてしまう第17話でした。



けいおん!!日誌 第18話『主役!』
「片目には喜びを、片目には涙をたたえ・・・」
そんな風に、人間の矛盾する感情を描写する事が多かった W.シェイクスピア。彼の代表作が出てくる今回のお話もまた、コミカルな展開の陰で人間の内に潜む二律背反を描こうとしている気がします。

間近に迫った文化祭の出し物に、演劇『ロミオとジュリエット』を選択したらしい3年2組。ところが、クラスメイト達の思惑で主役のロミオには澪が、そしてヒロイン ジュリエットにはおよそ女の子らしくない律が選ばれてしまいます。
一見するとただのコメディにも思える、明らかなミスキャスト。
けれど、そうやって配役が逆転してしまうからこそ、この二人の、特に律の中にある矛盾した気持ちが見えてきます。

内気な澪とは反対に、がさつな言動が目立ち、大抵の物事には尻込みせず、困難にも真正面から立ち向かっていこうとする律。
しかし、ジュリエットには程遠いと自他ともに認めるそんな彼女であっても、やはり女の子。その残念な?胸のどこかに、「私だって女の子なのに・・・」という思いが眠ってもいる筈です。
だからこそきっと、自らの配役を周囲から笑われる度、まるで女の子としてのプライドを傷つけられたかのように、彼女の表情は歪んだのでしょう。

例えばとある冬の日、差出人の分からない手紙の文面に心をかき乱されていた律。
あるいは近場の貸スタジオで、大きな鏡を前に、つい髪型を気にしていた律。
思い返してみると、一見女らしくない彼女の中にだって、きちんと女性的な一面は隠されています。

『女の子らしく振る舞う事を求められても困るけど、やっぱりちょっとは女の子として見られたい・・・』
相反する複雑な乙女心と、幼馴染への深い愛情、理解。あと、もしかしたら対照的であるが故のごく僅かな憧れ・・・。
『演技』という、普段の自分とは違う人間に扮する行為を通じて、二人の微妙な心の内が見えてくるような気がする、そんな第18話でした。



けいおん!!日誌 第19話『ロミジュリ!』
第5話『お留守番!』以降、幾度となくお話の中に出てきた、あのキーホルダー。今回のお話では、そのカットが特に印象的かつ暗喩的に感じられました。

例えばそれらは、バラバラに見れば単なる一つ一つの文字に過ぎません。しかし、全てが適切に組み合わされた時、『軽音部』という全く新しい意味をも有するようになります。
それは、律、澪、紬、唯の4人が出会った事で梓を魅了するあの演奏が生まれたように、あるいは、今回の演劇がクラスメイトの思わぬ交友関係からすんでの所で成功を収める事が出来たように、さらには、それらの出来事がまた新たな出会いを生み出す切っ掛けにもなったように、個性と個性の結びつきや、人と人との繋がりというものが、彼女達一人一人の持つ限られた力を無限に広げていってくれるという事を暗に示しているのかも知れません。

ただ、どんなにきちんと並べた所で、あのキーホルダーが一文字一文字別のものであるという事実は揺らがぬように、個々の人間もまた、それぞれが異なる存在であるという事に違いはありません。どれだけお互いを大切に思っていたとしても、一つの心と身体になる事は決して有り得ませんし、どうしても擦れ違いは生まれてしまいます。
先輩達との間にあるほんの僅かな『隙間』が原因で、今回もあれこれと思い悩む事になる梓・・・。
それは例えば、あんなにも愛し合い、きつく抱き締め合っていたロミオとジュリエットの間にでさえ、不幸な行き違いのせいで悲劇的な結末が訪れてしまうのにも似ています。

けれど、私はこうも思うのです。
確かに私達は、どんなに求めあっても一つの精神と肉体になる事は出来ない、どこまでいっても別々の存在です。
でも、だからこそ、本当に大切な人の事は心から「理解したい」、あるいは「理解して欲しい」と、そう願うのではないだろうかと。
そして、お互いにきつくきつくそう願うからこそ、時に擦れ違う事もある別々な存在でありながら、むしろ一本のロープよりも強く結び合わされる瞬間があるのではないだろうかと。
そう、まさしくこの5人のように・・・。

今回の実況で、新たに参加された方々との間に出来た、ささやかな結びつき―――。
もしかしたら、それすらもこの先何らかの形で新たな広がりを見せてくれるような気さえしてくる、そんな第19話でした。



けいおん!!日誌 第21話『卒業アルバム!』
賑やかだった学園祭も終わり、部活を引退した3年生の姿を見かける事も無くなったいつもと少し違う放課後。けれど、不安に駆られた梓が飛び込んだ軽音部の部室だけは、まるで時が止まっているかの様にいつも通りの穏やかで騒がしい日常が満ちていました。
あの日抱き合ってあんなにも涙を流していた彼女達なら、当然別れの日が近づきつつある事にも気が付いている筈。けれど、今はまだ温かな残り陽の中に身を置いていたい・・・。もしかすると、一見いつも通りに見えるこの部室は、夢のように楽しかった日々の残照なのかも知れません。

それでも、日が陰りゆく事を止める事は出来ないように、この部室にも時の流れという現実は容赦なく訪れます。
卒業アルバムの撮影、進路の決定、受験、そして卒業―――。不安定に揺れるデジカメの液晶に、一瞬映った唯の表情までもがどこか不安げに見えたのは、慌ただしく過ぎてゆく残り少ない日々に、ゆっくり立ち止まって考える事も出来ないまま否応なしに流されていたあの頃の自分の戸惑いが、思いがけず重なったからでしょうか。

卒業後は私立の女子大に進もうとしていた紬。良好な成績から公立の推薦入学を確実視されていた澪。対して進路希望用紙すら提出していなかった律。同じく未提出でありながらも、何かから目を逸らそうとするかのように卒業写真に映る髪型の事ばかり気にしていた唯。進路の決まっていた者もいれば決まっていなかった者もいるけれど、彼女達もまた、それぞれがバラバラになってゆく事をただ受け入れようとしていた風にも思えます。

しかし、卒業写真の試し撮りにすらビクビクするほど気弱なとある女の子の、意外にも映る決断によって、そんな空気が文字通り『一変』します。それは、本来の進路の選び方に照らせば必ずしも正しいとは言えないのかも知れません。でも、進む道を偏差値や名前だけで決める事が当たり前だと思い込み、結局親友達との別れをも当然の様に受け入れてしまった私には、彼女達の下した選択の方がずっと主体的で、前向きで、とても羨ましくさえ感じられました。

その選択の是非はともかく、目の前に立ちこめていたこの時期特有の迷いや戸惑いという霧がそれによって瞬時に消え去り、その向こうに現れた秋の青空をグッと見上げながら歩き出したくなる、そんな清々しい高揚感にさえ包まれた第21話でした。



けいおん!!日誌 第22話『受験!』
咲いては散り、散っては再び咲き誇る美しい『花』。
それと同様に、人もまた出会いと別れ、あるいは始まりと終わりとを、幾重にも繰り返してゆくものなのかも知れません。

いろんな人の、いろんな想いが、まるで八重咲きの花びらのように重なり合うこの季節。さわ子先生がもう見慣れているはずの唯達を、愛しむような、懐かしむような、いつにない眼差しで見つめていたのは、教え子という名の花々をもうすぐ送り出さなければならない事に加えて、この子達に対するどのような思いをその胸に抱いていたからでしょうか。

「みんな、いなくなっちゃうんだなぁって・・・。」
梓がそう呟くように、少しずつ現実味を増してくる唯達との別れ。それは同時に、今の軽音部がまるで花が散るかのように、一つの終わりを迎える時でもあります。

ただし、花は花でもこの五人は、あの時手水舎の水盤に浮いていた『椿』なのかも知れません。
この椿という花は、他の花々が一枚一枚ばらばらに散ってしまうのとは異なり、散り落ちてもなお元通りの花の形を保ち続けます。それは一見別々に見えるそれぞれの花弁が、実はその根元でお互いに繋りあっているから・・・。
モノトーンの冬景色の中に映し出される真っ赤な落椿。五枚の花弁が寄り添うように重なり合うその姿は、寒々しい中でも不思議とあたたかそうで、外の雪景を眺めながら部室の窓際で抱き合うように笑い合っていたこの五人にも、どこか重なる気がします。

もうすぐやってくる卒業。
きっとこの子達は、やがて散る時を迎えても、この椿のように心の一番深い所でしっかりと繋がり続けるに違いありません。
それでもやはり、別れが彼女達の距離を遠ざけてしまう事は避けられないでしょう。
であるからこそ、決して思い残す事のないように、伝え忘れる事のないように、今はいっぱい同じ時を過ごして、いっぱいおしゃべりをして、いっぱいいっぱい笑いあって欲しい。
そして最後には、きっといっぱいいっぱい涙を流して、心にきちんと区切りをつけて、新しい季節に再び色鮮やかな花を咲かせて欲しい・・・。

散りゆく花々と、これから大きく花開こうとしている蕾達―――。
出会いと別れの季節、『春』の季語をも表す椿と、もう一つ、誰もが知るあの有名な花とが印象的に織り成す、これはそんな第22話。



けいおん!!日誌 第24話『卒業式!』第25話『企画会議!』第26話『訪問!』
思い返せば物語の初めにも、今の梓達のような拙い演奏で「翼を下さい」と奏でる彼女達がいました。卒業アルバムの写真に映るこの子達は、まだ上手く飛びたてませんでしたが、今では立派な翼を手に入れられたようです。

唯達がこの学校にいた証である懐かしい写真の数々。そこには失敗としか思えないものも確かに見受けられます。しかし、例えやり直したくなるような思い出があったとしても、この場所で繰り広げられたそんな日々が、今の彼女達を確かに育んでくれてもいたのです。その意味では、軽音部は勿論、この桜高そのものが、彼女達を未来へ飛び立てるように成長させるための『小鳥達の巣』だったのでしょう。

けれど唯は、幾度となく開けてきた筈の部室の扉を、今回開く事が出来ませんでした。中から梓のものとは違う声が聞こえてきた瞬間、この場所で『新たな時』が動き始めた事を、見方を変えれば自分達の巣立つべき時が来た事を悟ったのかも知れません。23話の最後で、近づく物語の終わりをも示していたあの真っ白なホワイトボードは、今考えれば新たな始まりさえも表していたように思えてきます。

また、本当に何気ない場面だけれど、何故か深く印象に残っているのは、みんなと部室へ向かう時、唯が和に「一緒に帰ろう」と声をかけるシーン。和は唯とは別の大学へ進みます。一緒に帰るのは、きっと今日が最後。ボーっとしている唯は、幼稚園以来ずっと和に支えられてきたけれど、高校に入り、部活を始め、律達と出会って、和以外にも人間関係が広がり、そして今、彼女とは別の道へ、その新しく出来た友人達と共に進もうとしています―――。それは、『一人立ち』というものを何よりも象徴してはいないでしょうか。

でもおそらく、二人の関係はここで切れたりはしません。いいえ、唯と和だけではなく、きっと桜高で同じ時間を過ごした『私達』みんなが、どこに飛び立とうとも、どれだけ時が経とうとも、どんなに新たな交遊関係が生まれようとも、幾多の放課後を共有した記憶によって、いつまでも繋がり続ける筈。

当実況もこれにて最後となりますが、このチャットで語り合った方々とも、そのような絆を結べた事を願いたくなる、そんな第26話です。



花いろ日誌 第一話『十六歳、春、まだつぼみ』
変わらぬ未来を恐れ、変わりたいと願いながら、変えようとするにはどこかで尻込みしてしまう・・・。
緒花も孝一も、都合の良い夢で自分自身を誤魔化しつつ、そんな風にただ日々を流されていたのでしょう。
その意味において、この二人は似たような存在でした。

けれど孝一は、とある出来事を切っ掛けに一人進むべき方向を定め、思い切って舵を切ります。
「孝ちゃんのが先に、行ってしまいました・・・。」
その何気ない呟きには、別の深い意味が重ねられていたのかも知れません。

突然巻き込まれた嵐のような日々。
今は置いていかれた形の緒花も、その中で様々な出会いや経験を重ね、いつか見い出した未来へ向けて力強く舵を切る日が訪れる筈。

「第一話 十六歳、春、まだつぼみ―――。」

未だ未熟ながらも、そのまっすぐさ、強さ、優しさ、何よりへこたれまいとするあの雄叫びに、やがてこの子が咲かせるであろう色鮮やかな花を見てみたいと思える、そんな第一話です。



花いろ日誌 第二話『復讐するは、まかないにあり』
だらしない生活態度と、他人には頼らず、友達すら作らず、自分の力だけで生きてゆこうとする姿勢・・・。
それが緒花の母親の生き方でした。

しかし、不器用ながらも懸命に働いてきた事で、陽の当たらない古くて狭いアパートから、あのマンションに住めるまでになったのも事実。
故に緒花は、「容赦なくダメな人」だと呆れつつも、どこかで母親の事を認めていたのかも知れません。
だからこそなのか、彼女は母親の生き方を真似しようとします。

とは言え、それはあくまでも母親の生き方であって、緒花の生き方ではなかったのでしょう。
人には期待せず、自分だけを信じようとする程に増していった胸のもやもやは、ふと思い出した幼い頃のある記憶によって、やっと薄れる切っ掛けを得た様子。

ギクシャクしていた民子と菜子とを相手に、半ば勢いでぶつかった無茶な行動。
ただそれは、母親の教えに反していながらも、不器用で強引であるという意味ではまさしく母親譲りであり、むしろ不器用で強引でその上支離滅裂だからこそ、その叫びに込められたひたむきな思いが、見ている私の胸にまで響いてきました。

「第二話 復讐するは、まかないにあり―――。」

食べてくれる相手の事を考えながら、共に働く仲間のために作る「まかない」。
好きな物だけでなく苦手な物を入れる事だって、考えようによっては相手の身体のためになる事であり、時に交じる腹いせですら、心を通わせるためのスパイスなのかも知れません。

まだ未来はうまく見通せないけれど、母親の真似でもなければ誰の真似でもない緒花なりの生き方と、それでもどこかで繋がっている親子の絆だけは少し見えてきたような気もする、そんな第二話でした。



花いろ日誌 第三話『ホビロン』
「小魚と相性がいい―――。」
第一話でもそうでしたが、このお話、こんな何気ない場面からも深い意味を読み取ることが出来ます。

海の物、山の物、淡白な物、癖の強い物等、それぞれに個性的な具材が寄り集まってさらなる美味を作り上げてゆく・・・。
この喜翆荘という旅館は、おそらく「鍋物」の様なものなのでしょう。
先日はそこに緒花が加わり、今回も変わった材料が追加されました。

しかし、鍋に入れてもすぐには周りと馴染みにくい具材があるように、当初緒花は何かと摩擦を引き起こします。
けれど腕の良い料理人は、的確に素材の特長を見極め、それぞれの持ち味を生かしながらも他の素材と調和させ、確かな美味しさを作り上げてゆくもの。
きっと女将は、喜翆荘という鍋に入った様々な人材の味を引き出しながら、うまくまとめあげようとする、いわば熟練した料理人なのかも知れません。
実際、母親譲りで芯も強いが癖も強い緒花という素材も、嫌われる程の厳しさを装ってはいるけれど実は愛情に満ちた女将の導きもあって、また一歩喜翆荘に馴染むと同時に、自らの求めていたものを明確にする事も出来たようです。

同様に、民子の叫ぶ謎の?言葉「ホビロン」や、法連草、里芋等にも、別の意味が込められている様な気もします。
どうやら彼女達は、緒花の事をよく知ろうともせず、第一印象で「嫌いだ」「怖い」と距離を置いている様子。
けれどそうやって拒絶し続けている限り、いつまでたってもその良さは分かりません。
親に言われて渋々ながらも食べ続けるうち、嫌いだった物の美味しさにふと気付く事もあるように、付き合い続ければ案外いいところも見えてきて、いつしか補い合い高め合う関係にだってなれる事もあるはず。
民子や菜子にとっての緒花とは、きっとそういう意味でのホビロンでもあり、法連草あるいは里芋でもあるのではないでしょうか。

今回の一件でまた少し近づいたように見える彼らが、いつか心から理解し合い、支え合い、完璧な調和を見せた時、どんな素晴らしい風味を醸し出してくれるのか―――。
そんな期待を抱かずにはいられない第三話です。



花いろ日誌 第四話『青鷺ラプソディー』
喜翆荘の緒花と、有名旅館の跡取り娘 結名とは、きっと対比されてゆく存在なのでしょう。

例えば結名は、出世コースに乗る事を安易に良しとはしません。
対して緒花は、未だに輝ける未来へ導かれたいという淡い夢を見続けています。
それは依然として、誰かが敷いたレールの上を進んでいけば自然に望む未来が手に入るというような、受け身の将来像のまま・・・。
彼女が描く、夢のように美しいぼんぼり祭りのイメージにも、そんな子供っぽい憧れが投影されているように思えます。

しかし、緒花が本当に輝きたいのであれば、いつまでも運命や導きだけに期待するのではなく、あの青鷺や、あるいは孝一のように、いつかは自分で行く先を決め、自由に飛び立つべきなのでしょう。

けれどそれは、同時に怖さを秘めた選択でもあります。
何故なら、自分で道を決めるという事は、自由と自立とを手に入れられる代わりに、無数の選択肢の中から成否の定かではない未来を選ばなければならないという事であり、例えその選択が間違っていたとしても、その責を自らが負わねばならないという事でもあるからです。
その意味では、緒花が青鷺に感じた「怖い・・・」という思いには、進む未来を自分で決めなければならないという事に対する、潜在的な怖れが表現されているのかも知れません。

一つ一つ経験と自信とを積み重ね、いつか守られ導かれるだけの「小さな女の子」から成長し、怖れを越えて自立する時を迎えるであろう緒花。
けれど一方で、敬われ永遠に成長する事のない「子どもの神様」という表現からは、純粋で素直な心が、人としていつまでも失いたくない尊いものでもあるのだという事をも感じ取る事が出来ます。

自立する事、人を好きになるという事、友達や仲間の事、どうすれば本当の輝きを手に入れられるのかという事―――。
松前緒花は、いつか飛び立つその日のために、喜翆荘という巣の中で人生を学んでいる、言わば「青鷺の雛」なのかもしれないと、法被の背に映る紋や、青と白の真新しいセーラー服を見ながら思う第四話でした。



花いろ日誌 第五話『涙の板前慕情』
育てていたノビルは引き抜かれ、女将にはひっぱたかれ、好きな人の前では恥をかかされ――― 民子は何かと報われない子だけれど、五話の彼女は特に不憫。

彼を最も引き留めたがっていたのは民子であった筈なのに、そんな彼女のために何かをしたいという理由で先方に乗り込んだ緒花だけが、「結局、お前一人か」と認められてしまう・・・。

もちろん、あれこれ考え過ぎて行動を起こせなかった民子自身にも原因はあるのでしょうし、気持ちを素直に表現出来る緒花との違いが浮き彫りにされるという別の意味もあるのかも知れません。

しかし、それでもやはり、鳶ならぬ青鷺に油揚げをさらわれた格好の民子が、憐れに思えるやら可愛いやら・・・。

今まで散々死ね死ね言い続けてきた民子ですが、こういうのも人を呪わば穴二つというのでしょうか。

湯乃鷺温泉は春真っ盛り。でも、民子の春は一体いつやってくるのでしょうねぇ。



花いろ日誌 第六話『Nothing Venture Nothing Win』
母からは一切の家事を押し付けられ、挙句には捨てられる様に祖母へと預けられてしまう。ならばと、優しい「飴ちゃんおばあちゃん」に期待すれば、待っていたのは飴どころか「孫も犬猫も一緒だよ」。今回の給料にしても中身は容赦なく差し引かれているのでしょうし、緒花の家庭環境はどこか不憫。例えそこに愛情が隠されているとしても、緒花には見抜けていませんし、「おばあちゃん」という呼び方をしなくなったのも、既に女将の事を祖母とは思えなくなりつつある兆しなのかも知れません。『家族』とは本来、愛しみ合う関係の筈。なのに、「女将さんにそんな優しい気持ちがある筈ありません」と真顔で言い切った十六歳の少女には、流石に複雑な思いを抱きました。

けれど今回は、そんな彼らの間にもある、切っても切れない絆を垣間見る事が出来ます。身内に叱られながらも、常連客達に忘れえぬ思い出を残す事が出来た若き日の女将。同じくめげずに挑戦した事で、小さな女の子に、これまたいつまでも残るであろう素敵な思い出を作ってあげられた緒花・・・。まるであつらえたかの様なその類似性は、どこか運命めいてもいるけれど、確かなのはその小さな成功が、緒花の「何かをしたい」という前向きさや、失敗にも折れない芯の強さがあってこそのものであるという事。そしてこれらの優れた気質が、何かと擦れ違い気味の祖母や母から受け継いだ、『血』によるものなのだろうという事。

先の見えない未来を切り拓いて行く為の、大切な何か・・・。緒花はその一端を、呆れたり、好きでは無かったりするこの二人から、生まれながらに授かっていたのかも知れない。そしてその気質は、これからも待ち受けているであろう様々な困難に際しても、気付かぬ内に彼女を支え、導いてくれるのではないだろうか―――。このお話を見ていると、一経営問題に止まらず、そんな親子の絆の不思議についても考えてみたくなります。

今回の一件で、「血の繋がり」と言う、ある意味何よりも強い家族の絆を改めて感じられたせいか、今までやや不憫に思えたこの子にも、まるで見守られているかの様な安心感さえ覚えます。ただ、出来る事ならば、いつか緒花にも分かる形で家族の優しさに触れられる日が来ればいいなと、相変わらず厳しい女将を見て感じたりもする第六話でした。



花いろ日誌 第七話『喜翆戦線異状なし』
巴は何故、首にして貰おうなどという回りくどい事をしたのでしょう。

目指す玉の輿に乗れぬままの見合い結婚は『敗北死』。けれど彼女自身潮時かなとも思い始めている。でも、後輩まで見殺しにしては映画の中で部下を助けようとしたあの隊長以下の無駄死に。どうせ辞めるのだから嫌がらせをしてあの迷惑な客を追い出し、例え一時でも菜子達を助けよう。当然クレームをつけられて女将から首を宣告されるだろうけど、むしろ仕事を辞めて見合いをする踏ん切りもつくというもの! …それは実に巴らしい?威勢の良い決断です。しかし私には、彼女の弱さが隠れている様にも見えました。

巴の変化の一つは、自分がどうしたいのかを言えたかどうかですが、結局辞意については女将に伝える事が出来ません。露天風呂で流した涙は、きっとまだ人生を諦めたくないという心の叫び。諦めたくはない。けれど諦めざるを得ない…。追い込まれた巴は、いつしか無意識に自らの人生の選択権を誰かに委ね、自分で未来を選ぶ怖さから逃げようとしたのかも知れません。振返れば孝一も、緒花が想いに気付いてくれる事に自らの恋の成否を委ねていましたし、緒花もまた、素敵な未来へ何者かが導いてくれる事に憧れているだけでした。でも孝一は、自らの心と真剣に向き合う事ではっきりと自分の気持ちを伝え、緒花もまた、頑張れた経験から自信を持って返信を送っています。

巴がどこか自覚を欠いたまま仕事をしていた事は、「姉さん」と呼ばれる事に抵抗を感じていた事等からも伺えます。ただ、思いがけず仲居という仕事の魅力に気付かされ、真剣に向き合える様にもなり、先輩としての自覚さえ生まれたのも、それがどのような意図から出たものであれ、彼女の頑張り?が彼等の心を動かしたからでもあると考えるのは、流石に願望を重ね過ぎでしょうか。

いずれにせよ彼女もまた、憧れ、迷い、怖れながらも咲く時を待っている蕾の一つであったのでしょうし、「仕事、続けたくなってん」と、今度は気持ちを伝える事が出来たのも、孝一や緒花同様、彼女の成長を示している様に思えます。

生きてる気がしないと嘆いていたのが嘘の様に、仕事への想いを熱く語る「巴姉さん」。見事に花開いた今の彼女なら、きっと玉の輿にだって乗れるに違いない―――。最後にはそんな風に、もう一つの花咲く未来をも信じられる第七話です。



花いろ日誌 第八話『走り出す』
女将の部屋に入る時、緒花は敷居を跨いでいました。理由は知らずともその教えを守っているこの子は、理論倒れの崇子とは対照的です。緒花は何十年と旅館業を営んできた女将から、現場の仕事を叩き込まれてきただけ。勿論崇子とは違い、経営学など知りません。でも、だからこそ、理屈に惑わされず、大切なものを肌で感じ取れるのではないでしょうか。

また、冒頭で民子が訝しんでいるように、緒花は邪険にされても民子と距離を置こうとはしません。何故なら、輝きたいと願っている彼女は、輝いている人や頑張っている人にも、理屈抜きで惹かれてしまうから。そしてそれは、女将に対しても同じ。好きではないと言いながら、仕事に対する真摯なその姿勢を、きっと誰よりも認めています。そして今回、女将がつけてきた帳面を見て、長年積み重ねてきた細やかなもてなしの心の重みに、改めて輝きを見たのかも知れません。だからこそ緒花は、誰よりも女将を信じられたのでしょうし、一従業員でありながら、他に選択肢のなさそうな経営コンサルタントの意見ですら、否定出来たのでしょう。

とは言え緒花自身には、仕事に関し自分の力で切り拓いたものは多くありません。故にその言葉は、あくまでも女将の威を借りているだけ。しかし、ここで女将の「頑張りな」という言葉が意味を持ってきます。女将は、帳面の事を言い掛けてやめました。それは、人に教えられるだけでなく、自分自身で学ぶ方がより糧となるのだから、今回は自分で頑張りなさいという意図。そして緒花は、誰かに甘えようとする縁とは違い、今まさに先の見えない未来へ、自らの力で飛び立とうとしています。四話で青鷺に感じた「怖い」という感覚は、緒花が今感じている、自分で判断し決めなければならない自立への怖れ。でもそこは、親譲りの強い気持ちと、女将から教わってきた事と、少しだけ帳面と、何より今まで一緒に働いてきた仲間とが、きっと彼女を支えてくれる筈。

まだ扉の向こうは見えないけれど、怖れを越えてそこを開けば、きっと眩い光が待っています。そして、誰かに導かれるのではなく、例え僅かでも自分の力でその輝きを手にしたと思えた時こそ、先に行ってしまった孝一とも自信を持って話す事が出来るのでしょう。

この危機に際し、喜翆荘の彼らがどのような活躍を見せてくれるのか―――。次回が本当に楽しみな第八話です。



花いろ日誌 第九話『喜翆荘の一番長い日』
人手不足とTOPの不在、そこへ覆面記者の影までもが重なるという、喜翆荘を揺るがしかねない非常事態に、緒花はまたしても一人走り出します。
ただ、そこで私の目を引いたのは、そんな彼女も周りのみんなから支えられているという事実でした。「孝ちゃんのお陰です」という台詞は、その意味でこのお話をうまく表せているようにも思えます。

例えばその孝一は、挫けかけていた緒花に再びやる気を起こさせてくれました。菜子もまた、徹を探す為の重要なヒントを聞き出してくれます。やっと見つけた徹も、「必ず上手くいかせてやる」と緒花へ約束した通り、不調の蓮二をも鼓舞しながらしっかりと夕食を用意。さらには民子も、この危機に任された天麩羅を、初めてであるにも拘らず二つ返事で引き受け、なんとかやり遂げます。そこには「あ~ん♡」への期待はもとより、技術的な裏付けすらあったどうかも微妙ですが、この状況で自分に託された事への意気込みや、引き受けると決めたからには必ず期待に応えようとする頑張りをも見て取れます。

「徹さんに会えたんだよ!」
緒花がかけてきたその電話は、孝一の励ましに対する感謝の意を表すものでした。そして同時に、全身ボロボロになりながら、それでも自分で決めた事をまずは一つ成し遂げる事が出来たという、抑えきれない喜びと自信の表れでもあったのでしょう。
女将の言葉を借りたとはいえ、今回進むべき方針を決めたのは確かに緒花。さらに、不安と迷いに揺れながら、それでも筋を曲げずに徹を連れ帰り、成功への端緒を開いたのもまた彼女でした。

けれど前述の通り、緒花一人の頑張りだけでは全てのお客を満足させる事は叶わなかった気がします。それも、きっとここにいるみんながこの危機を乗り越えるという一つの大きな目的を共有し、各々自分の出来る事を精一杯やり遂げたからこそ、結果としてあの覆面記者の?好評さえも得られたのではないでしょうか(まぁ、一部まだ微妙な人達もいるようですが・・・)。
いずれにせよ彼等は、今まで頼ってきた女将を欠いたまま、『喜翆荘の一番長い日』を見事に乗り切って見せます。

そんな緒花達が最後に見せた誇らしげな表情と、ある人へかける自信に満ちた「お帰りなさい」の声―――。
そこに見える確かな変化の兆しを、是非とも感じて戴きたい第九話です。



花いろ日誌 第十話『微熱』
緒花があそこまで必死に、「ここんとこ凄く頑張ってた」訳は、喜翆荘の皆が最近目に見えて成長してきた事を感じ取っていたからでしょう。仕事の大変さと喜びとを知り、輝きたいという目的が見え、共に困難を乗り越える仲間が出来た喜翆荘をいつしか「好き」になっていた事や、その中に入り込んだ自分の事をどこかで卑下していた節のある事等から、彼女はそんな皆の足を引っ張り、必要とされなくなる事をとても恐れていたのかも知れません。

ただ、流石に頑張り過ぎたのか、この子は突然倒れてしまいます。病気になった時、気持ちが弱くなるのは覚えのある所。「緒花ちゃんがいなくてもちゃんとやれてる」という言葉に、より強いショックを受けたのも頷けます。若き日の女将に重ねたのは、きっと幼い頃の母の面影。TVドラマの女の子に見たのも、陽が昇るまで呑気に寝ていられた昔の自分。あの頃は充実してはいなかったけれど、曲がりなりにも母親から養われ、何の心配もなく暮らしていられた。ここで必要とされないのなら、子供の頃いた場所に戻りたい…。弱った心がどこかでそんな気持ちを呼び起こし、あの様な夢を見させたのでしょうか。

でも大丈夫。喜翆荘の仲間や、あるいはお客さんが、大好きなこの場所に居たいと緒花に思わせてくれます。しかもそれは、単に住む場所を与えられていただけの昔とは違い、彼女が自分の力で手に入れた、求め、求められる、そんな『本当の居場所』だったのかも知れません。緒花が喜翆荘に来たのは、それこそただぼんぼりに導かれる様なものでした。けれどそこに自らの居るべき場所を作ったのは、間違いなく彼女自身の頑張り。その証拠に、次郎丸、徹、菜子、女将、巴、民子、縁と、皆其々にきちんと理由があって緒花を必要とし、心配しています。

さらに彼女の選択は、ただ守られ安らかだった子供の頃への別れをも意味しているのでしょう。進学、就職、結婚、出産…。未来へ進もうとする時、何かを後にする事は人生で幾度もありますが、そこにはどこか切なさも伴うもの。緒花が最後に夢の中で流したのは、たぶん子供だった過去への決別の涙。大人に近づく為の喜びと寂しさとが、きっとこのお話には隠れています。

バイバイ あの愛しき日々は 戻りはしないから―――。

ふと、OP曲『ハナノイロ』の一節が思い出される、そんな第十話です。




花いろ日誌 第十一話『夜に吼える』
今回緒花は喜翆荘に対する雑誌の不当な評価を撤回させるべく、湯乃鷺を飛び出し東京へと舞い戻ります。
ところが出版社は「編集プロの書いた記事だから」と抗弁し、書いた本人も「大人の事情、偉い人の意向」と開き直るだけ。しかも喜翆荘には情報に踊らされた客からのキャンセルの嵐。

…この理不尽な構図、何かと重なって見えはしないでしょうか?
例えば電力会社は「国策に沿ってきた」と大災害ゆえの免責を求め、国も「施策や安全基準は専門家の知見に基づいている」と言い訳し、学者達は「想定外だった」と他人顔。皆外見は立派な『大人』でありながら、率先して責任を取ろうとする者は見当たらず、なのに観光客の激減や農産物の買い控え等、現地の被害だけはあっという間に広がって行った『3・11』―――。
そう、奇しくもあの原発事故そっくり。
加えて本編に映し出される無機質なビルの群れを見ていると、この子が戦いを挑んでいるのは皐月一人ではなく、そんな『大人』達が形作るもっと強大で捉え所のない、『社会』という名の敵なのではないかという気さえしてくるのです。

どこかでまだ信じていた母親の決定的裏切り。頑張ってはみても喜翆荘を離れると相手にすらして貰えない現実。彼の背中に手が届くどころか、本当は顔向けも出来なかった自らの甘え。そして目の当たりにした自分の知らない孝一…。
この雛鳥は、最近巣の中で仲間に囲まれながら自信を深めていただけに、余計一人では何も出来ない無力さを思い知り、孤独感に打ちのめされたのでしょう。

しかし、これまで幾度となく困難に立ち向かってきたあの緒花なら、例え今は逃げ出し、助けを求め、果ては誰かに縋って泣き叫ぼうとも、その真っ直ぐな生き方や目指しているものを放り出す筈がありません。
確かにこんな世界で生きて行くには、女将や母親の様な割り切りとしたたかさも必要なのかも知れない。でも決してそれだけの大人になって欲しいとは思いませんし、女の子だからと言って誰かの後ろにつき従うのではなく、その隣に立つ強さを手にして欲しいのだと、ある意味『大人』になってしまった私自身の中にも僅かに残っている、まだ諦めきれていない何かが訴えるのです。

十六歳の少女がこの挫折をどの様に受け止め、いかに乗り越えて行くのか―――。続きが気になる第十一話です。



花いろ日誌 第十二話『じゃあな。』
今回の緒花は最悪です。
告白への返事をうやむやにし続ける己のズルさや、そんな自分でも見守ってくれている孝一の優しさに気付かされてもなお、彼を解放しようとはしない身勝手ぶり。しかも自分の事情で孝一を突き放しておきながら、未練を断ち切る事も出来ず、「泣きたいのは私じゃない」と悲劇のヒロイン気取り・・・。徹の事と言い、夜逃げ男の事と言い、この母娘はそれこそ男を振り回す血筋でも持っているのではないでしょうか(苦笑)
とは言え、一旦”孝一離れ”をしなければならなくなったかの様なその状況や、周囲の気持ちを考え始めた事等は、ある意味収穫とも言える筈。だからこそ私も、いつか一回り成長した姿を見せてくれるに違いないという、希望を持つ事が出来ます。

一方自分を非難する緒花に、母親へ反発した自らの姿を重ね、喜翆荘行きを承諾したらしい皐月。けれどそこには、母として、娘として、あるいは仕事人としての、「今の喜翆荘」に対する微妙な思いもある様な気がします。
前回緒花が、開口一番「どうして自分の家を悪く言えるの!?」と問うた時、皐月は余程意外だったのか、しばらくは動く事さえできませんでした。こんな人間でも人の親。母である自分よりも喜翆荘の方を大切に思っているとも取れるその言葉に、多少なりとも衝撃を受けたのかも知れません。「戻ってくる?」と、あえて睡眠中の緒花に尋ねる姿には、返答を恐れる”母親としての顔”が見える様でもあります。
また、「記事書いてる時は嘘はついてないつもり」という、どこか硬い言葉も気になります。自分を卑下するその姿から、「正しい」スイに未だ劣等感めいた感情を抱いている様にも見える皐月。生きる為、胸を張れない仕事も引受けながら、それでも彼女の自尊心を支えていたのは、どんなに偏った内容であっても嘘だけは書かないというその一線だったのでしょう。けれど今回の記事をまとめる上で参考にした、自分の中にある昔の喜翆荘のマイナスイメージに反し、緒花は今の喜翆荘を「素敵な旅館」だと言う・・・。そこにも仕事や実家に対する、皐月の複雑な思いが感じられる気もします。

擦れ違い、挫折、恋敵、プライド、母と娘、そして愛憎―――。前話から続く『連ドラ』特有の重苦しさを、そろそろ喜翆荘やいつもの緒花に吹き飛ばして貰いたくなってくる、そんな第十二話です。



花いろ日誌 第十三話『四十万の女 ~傷心MIX~』
十年一日のごとく変わらないと言うのなら、何百年にも渡って繰り返し物語にされてきた、『人情』『成長』『恋』を再び主題にしているこの作品自体もまた、それに当てはまるのかも知れません。しかしこれらの題材は、いつの時代でも人々の心に訴えるものだったからこそ、変わらず受け継がれてきたとも言えます。
スイ、皐月、緒花という親子の絆を中心に描く今回のお話もそれは同様で、時に温かく、時にほろ苦い彼等の心情は、確かに胸を震わせます。

例えば緒花の行動が発端となり、再会した皐月の成長を目の当たりにした事で、娘を一人の主体的な人間として認める事が出来たスイ。けれど時すでに遅く、皐月は手元から離れ、懸命に自らの道を歩んでいました。
その皐月も、母と娘に自分が重なった事から、ようやく母親としての意識が芽生え始めた様ですが、当の緒花はスイの下で、自立を目指している真っ最中(丸めたシーツの場面は、娘の仲居としての確かな仕事ぶりを目にするという意味でも印象的です)。
同様に緒花も、孝一への気持ちに気付きはしたものの、その時には既に振られていた?のだと言う事に、皐月のお陰で気付かされます。

強くて不器用なその気質だけでなく、不思議とお互いがお互いを支え、なおかつ皮肉な擦れ違いを見せる所までもが良く似ている”四十万の女達”。これまでも彼等に血の繋がりを感じる事はありましたが、何だかんだ言いながらも固く結ばれているそんな『家族の絆』には、やはりホロリとさせられます。

ただ、いつでも誰でも感覚的に楽しめると言う点で、この様なお話は大外れし難いとも言える半面、明確な独自性を打ち出す事も難しいのかも知れません。今回もなかなか面白かったという気がする一方で、ここまでのお話を振り返ってみると、一部のもの(七話等)以外は思ったよりも印象に残っていない様な気もしてきます。

とは言え、例えば『男はつらいよ』の様に、毎回似通った内容であるにもかかわらず、映画シリーズとしての最長記録をギネスに打ち立てる程、みんなから愛され続ける人情喜劇もあります。
この『花咲くいろは』もそんな風に、人々を捉えて離さない、温かで居心地のいい作品となりうるか―――。いよいよ始まる物語の後半へ向けて、製作陣のさらなる気概に期待したくなる第十三話です。



『花咲くいろは』掲示板No.220から、”塩”の話のつづき―――。
「今じゃ、お客が浴衣を選べるとこも多いのにね」という台詞が示す通り、皐月のアドバイスは取材で見聞きした様々な経験が基になっているのでしょう。
天麩羅の塩を何種類か用意するという事も、同じ様にどこかで見知っていたとするならば、それに重なる作品上の工夫もまた、今ある他の作品からアイデアを拝借しているのかも知れません。
それに、「驚きを与える」と言えば大仰に聞こえるけれど、所詮は以前から天麩羅に添えられていた塩を何種類かに増やしてみるという程度の変化。物語の本筋に類する
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